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毎日無表情

常にフラットな気持ち

不登校という言葉で子どもを排除するの、やめませんか?

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自分は毎日公立学校で子どもと接しています。

4年もそうしているのでいろいろな子どもを見てきました。

 

中には「不登校」という状態の子どももいます。

自分が関わった「不登校」の子どもたちのことを思い浮かべて、一つの考えが出ました。

 

「すべての子どもが、(現在の日本で主流の)学校制度を求めているわけではない。」

 ちょうどいい記事を見つけました。

www.momo7.jp

 

私には、「原因不明」のケースの原因について、ずいぶん以前から、察しがついています。いや、じつは、オルタナティブ教育の関係者のかなり多くの人は、気づいていると思います。

ここからが、本題です。じつは・・・学校教育の現場で奮闘されている先生方の多くも、気づいているのではないかと見られます。教育委員会児童相談所などで、学校現場を経験されていない方は、気づいていないかもしれません。

 

学校が好きな子どもが多数派であるのは確かです。

いろいろな行事があって、いろんな人と遊んで会話して・・・

そこに楽しみを見いだせる子どもがいる傍ら、

 

行事のたびに時間割が変わるのが辛い、

人と関わるのも疲れる。

という子どもが存在するのも事実です。

学校という仕組みが合わないのです。

 

教師の心ない言動、子どもどうしのいじめ、

から来る不登校であれば教師や保護者の協力で解決はできます。

 

しかし、学校という仕組みにマッチできない子どもを、教師と保護者の力で学校に引き出すことは容易ではありません。

むしろ、学校に引き戻していることを子どもが望んでいないケースもあります。

 

それでも不登校不登校と、学校側(世の大人)は

学校に行きたいけど行くことができない子どもと、

学校での活動を必要としていないから行かない子ども

をひとまとめにしてしまっています。

 

ここらで一つ、

そもそも学校が合わない子どもも存在する」ことを認めて、

子ども一人一人が自分のスタイルで成長していける学び場も作ったら、誰も世の中から排除されずに成長することができるんじゃないでしょうか?

 

オルタナティブスクールがもっと広がれば、

日本の教育も変わっていくのではないでしょうか。

www.ikedahayato.com